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教父と哲学

ギリシア教父哲学論集
土橋茂樹 (知泉書館、2019年9月刊)


教父とは1,2世紀から8世紀にわたり,信仰と教説の正統性,その生涯の聖性,それと教会の公認を得た人たちである。キリスト教成立以降,キリスト教公認,それに続く神学論争を経て三一神の正統教義確立に至るまで,教父たちはどのような働きをしたのか。

第Ⅰ部では,ギリシア出自の哲学がどのように活用されたか,「ウーシアー」「ヒュポスタシス」「デュナミス」「エネルゲイア」などの概念が新たな意義を獲得し,より豊かな論理的展開を実現した経緯を考察する。
第Ⅱ部では,人間本性の完成を「神に似ること」とみなすプラトン主義的伝統が,「洞窟の比喩」を通してギリシア教父たちに深く影響を与えた経緯がまず解明される。その伝統は、プラトンからプロティノスへ,さらにフィロンからオリゲネス,バシレイオスを経てニュッサのグレゴリオスにより決定的な変容を蒙った。さらにアリストテレスの「オイコノミア(家政)」概念から「神のオイコノミア(救済の実践)」への変容や,プロティノスからディオニュシオスとエリウゲナを経てサン・ヴィクトル学派へと継承される神秘神学の流れを検討する。
第Ⅲ部は,4世紀にシリアから小アジアにかけて「メッサリアノイ(祈る人びと)」派という熱狂的な異端信仰が風靡したが,魂の浄化に関して彼らとマカリオスを比較し,彼らの手引き「マカリオス文書」を検討することにより異端運動の複雑な影響の意味を考える。
ギリシア哲学を踏まえ教父を考察した画期的な業績。
(本書裏表紙より)
■目  次■
第 I 部 カッパドキア教父研究・序説
第9章 光の超越性と遍在性――初期ギリシア教父における光とロゴスをめぐって
第1章 ウーシアー論の展開として見た三位一体論・序説 第1節 「光から光」表現の哲学的背景
第1節 ウーシアー概念の基本構図 第2節 ユダヤ教徒フィロンの「光」表現とロゴス論
第2節 ニカイア以前の教父たちのウーシアー観 第3節 護教家ユスティノスのロゴス・キリスト論と「光」表現
第3節 アレイオス論争とニカイア信条 第4節 結びに代えて――光の永遠性
(補註1)カイサレイアのエウセビオスによるパレスティナ信条 第10章 愛(エロース)と欲求(エピテュミア)――オリゲネスとニュッサのグレゴリオスの『雅歌』解釈をめぐって
(補註2)ニカイア公会議以後の動向概観 第1節 オリゲネスの『雅歌』解釈
第2章 バシレイオスのウーシアー・ヒュポスタシス論 第2節 ニュッサのグレゴリオスの『雅歌』解釈
第1節 バシレイオスとエウノミオス 第11章 砂漠から都市,そして帝国へ――「貧しい人々」と教父たちの〈社会化〉をめぐって
第2節 ホモイウーシオス(相似本質)期のバシレイオス 第1節 富裕市民による恩恵施与活動のキリスト教化
第3章 バシレイオス『聖霊論』におけるプロティノスの影響 第2節 カイサレイアのバシレイオスによる救貧説教
第1節 バシレイオスにプロティノスからの影響はあったのか? 第3節 教義研究における実践への射程
第2節 『霊について』における『エネアデス』V1借用(書き替え)の実態 附論4 観想と受肉――「肉体」「形の現象」を中心に
第3節 『聖霊論』における力動的ウーシアー論への展開 第1節 加藤哲学の二つの「場」――プラトンとアウグスティヌス
第4節 第2章・3章の小括 第2節 東方教父との関わり
第4章 ニュッサのグレゴリオス―― 一つの力(デュナミス)と一つの意志 第3節 肉体における超越の方位と内面化の方位
第1節 デュナミス論の展開 第4節 「神に似ること」と「キリストの模倣」
第2節 固有名の問題 第5節 観想(=肉体からの超越)と受肉(=肉体を伴った内在)
第3節 神的本性の不可分性と不可知性 附論5 わたしの生はあなたの生――ポリフォニックな一人称語りとエヒイェロギア
第4節 意志の統一 第1節 危機にあってなお顕現せざる神への語り方
(補註)『書簡』38冒頭部の全訳 第2節 物語り解釈から脱在論への途
附論1 アウグスティヌス―― 一つの本質(エッセンティア)・三つのペルソナ 第3節 わたしの生はあなたの生
神への述語づけの体系(カテゴリー) 附論6 書評:
類としてのペルソナ Kevin Corrigan, Evagrius and Gregory: Mind, Soul and Body in the Fourth Century
アウグスティヌスは親ニカイア派か?
附論2 書評: 第 Ⅲ 部 マカリオス文書研究
Stephen M. Hildebrand, The Trinitarian Theology of Basil of Caesarea: A Synthesis of Greek Thought and Biblical Truth 第12章 擬マカリオスにおける魂浄化の三段階
附論3 書評: 第1節 魂の浄化にいたる三段階――そのメッサリアノイ的図式
Andrew Radde-Gallwitz, Basil of Caesarea, Gregory of Nyssa, and the Transformation of Divine Simplicity 第2節 マカリオス自身の三段階説――その図式的再構成
第3節 三段階説の真相と意義――その哲学的解明
第 II 部 ギリシア教父思想の諸相
第13章 ニュッサのグレゴリオスと擬マカリオス―― De instituto christiano とEpistola magna をめぐる序説的概説
第5章 洞窟に降り来った太陽――教父思想への「洞窟の比喩」の影響史 第1節 エジプトのマカリオスと擬マカリオス
第1節 教父以前の「洞窟の比喩」伝承 第2節 両書の関係をめぐる研究史
第2節 教父思想における「洞窟」と「太陽」 小括
第6章 プラトン主義と神化思想の萌芽――東方教父思想における「神に似ること」概念の変容 第14章 マカリオス文書におけるπληροφορία概念の意義――信仰の真理性に関して4世紀東方教父は何を語り得たのか
第1節 ギリシア哲学における「神に似ること」 第1節 新約聖書の用例
第2節 ユダヤ教徒フィロンにおける「神に似ること」 第2節 バシレイオスの用例
第3節 「神に似ること」から「キリストに倣うこと」へ 第3節 擬マカリオスとニュッサのグレゴリオスの用例比較
第4節 第5章・6 章の小括 第4節 メッサリアノイ派という異端の正体は?
第7章 教父哲学におけるオイコノミア 第15章 抄録者シメオンはマカリオス文書の何を切り捨て,何を残したのか――『フィロカリア』所収の抄録版『50の霊的講話集』をめぐって
第1節 古代末期におけるオイコノミア概念の受容/変容史概観 第1節 マカリオス文書の真の著者は誰か
第2節 東方教父におけるオイコノミア概念の変容 第2節 抄録者シメオンがマカリオス文書から採録しなかったものは何か
結び 第3節 『フィロカリア』収録版にも保持されたマカリオス文書の真髄とは何か
第8章 自己投企と受容――東方教父起源の「神との合一」概念のトマス的再生 附録資料 『フィロカリア』の各章とマカリオス文書との対応表
第1節 一なる始源=神との合一 第16章 洗礼の意義をめぐって――擬マカリオス・メッサリアノイ・修徳行者マルコス
第2節 合一をめぐる註解の二つの伝統 第1節 異端派メッサリアノイによる洗礼否定論
第3節 トマス・アクィナスによる神秘主義思想の再生 第2節 擬マカリオスの洗礼論
第9章 光の超越性と遍在性――初期ギリシア教父における光とロゴスをめぐって 第3節 修徳行者マルコスの洗礼論
第1節 「光から光」表現の哲学的背景 おわりに
第2節 ユダヤ教徒フィロンの「光」表現とロゴス論
第3節 護教家ユスティノスのロゴス・キリスト論と「光」表現
第4節 結びに代えて――光の永遠性
第10章 愛(エロース)と欲求(エピテュミア)――オリゲネスとニュッサのグレゴリオスの『雅歌』解釈をめぐって
第1節 オリゲネスの『雅歌』解釈
思考能力としての知性
思考と感覚の類比
能動知性と光
感覚能力の知性による変容としての付帯的感覚――小括

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