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大学院研究年報 ・ 論 究

哲学専攻関連の最新掲載論文
《中央大学大学院研究年報》 48号 文学研究科篇 (2018)―2019.2月発行 「研究年報」哲学専攻関連論文タイトル
  • ショーペンハウアーによるカントの義務論批判の妥当性―『実践理性批判』を主な手がかりとして―(吉田卓司)
  • レヴィナスのイリヤ(il y a)と他性としての超越(小川真未)
《論 究》 No.51, No.1 文学研究科篇 (2019)―2019.3月発行 「論究」哲学専攻関連論文タイトル
  • ヘカベの舟―「和解の暴力性」についての哲学的考察―(竹生修平)
  • 誠実さの歴史的構成を扱うニーチェの歴史哲学―道徳の支配のもとからいかにして道徳を批判する真理認識が成立するか―(大山真樹)


中央大学 『大 学 院 研 究 年 報』 文学研究科篇――哲学専攻関連論文タイトル
48号 ショーペンハウアーによるカントの義務論批判の妥当性――『実践理性批判』を主な手がかりとして 吉田 卓司 2018
48号 レヴィナスのイリヤ(il y a)と他性としての超越 小川 真未 2018
46号 断絶の形而上学――グレアム・ハーマンのオブジェクト指向哲学における「断絶」と「魅惑」の概念について 飯盛 元章 2016
44号 太宰春臺の老子受容について 田尻 尚文 2014
44号 パスカルの『賭け』の必然性と理想の探求の合理性 宮崎 信嗣 2014
44号 ホワイトヘッド哲学における知覚論――象徴的関連付けにおける命題の役割 佐藤 陽祐 2014
42号 アリストテレスの感覚論――共通感覚対象の感覚と偽の問題について 太田 稔 2012
42号 ホワイトヘッド的二元論の正当化――充足(satisfaction)の二面性(duality)をてがかりとして 清水 友輔 2012
41号 逃れて行く自己を追いかける――絶対無の場所の間批判的解釈 佐藤 陽祐 2011
41号 荻生狙徠の政治思想――四書注釈を中心として 田尻 尚文 2011
41号 力への意志の時間的性格 大山 真樹 2011
41号 存在するとは別の仕方で――レヴィナスの全体性批判について 飯盛 元章 2011
41号 宇宙の自己表現としての哲学――『心理学原理』の自我論を手がかりとしたジェイムズ哲学の方法の検討 大厩 諒 2011
40号 山鹿素行の日用と学問 石橋 賢太 2010
40号 パスカルの賭けの必然性をめぐって――「船」の解釈 宮崎 信嗣 2010
40号 純粋経験の二面性――その統一の試み 大厩 諒 2010
39号 『日本霊異記』における死者の身体――冥界訪問説話を中心に 尾留川 方孝 2009
39号 ホワイトヘッドの「命題的感受」について 佐藤 陽祐 2009
39号 ホワイトヘッドの形而上学における<新しさ>の解釈に向けて 飯盛 元章 2009
38号 反省的判断と仮説的理性使用のあいだ 齋藤 宜之 2008
38号 神の力能と懐疑――永遠真理創造説と欺く神の関係について 安齋 光志 2008
37号 『人知原理論』における「精神と神の形而上学」再構築のために(4)――『アルシフロン』第7対話における「自然の創造主の言語」説について 竹中 真也 2007
36号 ベルクソンに継承された批判哲学の局面 大井 英晴 2006
36号 カント実践哲学における形式主義の帰結 齋藤 宜之 2006
36号 『人知原理論』における「精神と神の形而上学」再構築のために(3)――『アルシフロン』第4対話における「自然の創造主の言語」説について 竹中 真也 2006
35号 『人知原理論』における「精神と神の形而上学」再構築のために(2)――バークリーの記号理論 竹中 真也 2005
34号 ピュロニストの生き方について――フレーデ=バーニェト論争を中心にして 葛西 大輔 2004
34号 『人知原理論』における「精神と神の形而上学」再構築のために(1)――「序論」を中心にして 竹中 真也 2004
33号 『物質と記憶』におけるイマージュについて 照屋 裕美子 2003
33号 趣味判断における主観と他者の問題 齋藤 宜之 2003
32号 欧陽脩の『詩本義』について――「人情」を中心に 土屋 裕史 2002
32号 『アドラーの書』における「啓示」の概念をめぐって 鈴木 保早 2002
31号 意味論的還元という誤謬――『論理学研究』第一研究における表現と意味の問題 寺本  剛 2001
31号 『畏れとおののき』における「倫理的なもの」の概念をめぐって――アブラハムは本当に正当化されないのか 鈴木 保早 2001
31号 K・ゲーデルの数学的実在論――不完全性定理と連続体問題の哲学的帰結について 望月 正彰 2001
31号 慰みとしての著作――プラトーン『ファイドロス』篇に関する一考察 八木 英之 2001
30号 フッサールの真理論――「ものと知性の真の一致」をめぐって 寺本 剛 2000
30号 『考説』と『狂筆』――伊勢貞丈の未紹介資料の解題と翻印 須佐 俊吾 2000
29号 フッサールの「ノルマリテート(Normalität)」について 岡山 敬二 1999
28号 フッサール他我構成論のパラドクスについて――『デカルト的省察』第五省察、「固有領域の還元」と「付帯現前化」をめぐって 岡山 敬二 1998
27号 ハイデガーの「気遣い」の成立背景について 平田 裕之 1997
26号 中庸についての一考察――『孟子』と中庸との関係から 土屋 裕史 1996
26号 明治以降の道徳教育――「修身」と「道徳」の目標をめぐる考察 中村 康英 1996
26号 Die Techne und das gute Leben――Vom sokratischen Modell des Techne-Wissens zur platonischen Dialektik Liederbach, Hans Peter 1996
25号 ホモウーシオスについての一考察――イレナエウス、ヒッポリトス、オリゲネスに見るホモウーシオスの概念を中心にして 中村 康英 1995
24号 初期B.バウアーにおける歴史哲学 小須田 健 1994
24号 『論理哲学論考』における「言語の限界」 孫 力平 1994
24号 「時間性」の背後にあるもの 平田 裕之 1994
24号 オリゲネスにおけるホモウーシオスについて 中村 康英 1994
24号 玄語図を読む 加藤 響子 1994
22号 言語ゲームと『哲学探究』 瀬嶋 貞徳 1992
22号 メルロ=ポンティと自然の概念 小須田 健 1992
21号 シェリング、ヘーゲルにおける記憶と想起 吉田 達 1991
19号 哲学的反省と知覚の弁証法 小須田 健 1989
19号 自我の現実存在 永山 将史 1989
18-4号 <解釈学>的現象学の射程 福田 收 1988
17-4号 ヘーゲル『人倫の体系』における社会形成の論理 高橋 義人 1987
16-4号 シェーラーと「知識」の概念――哲学的人間学へ向かって 太田 裕喜 1986
16-4号 ライプニッツの物体概念――アトミズム批判にそくして 橋本 由美子 1986
16-4号 言語考察の循環――ウィトゲンシュタインの転換点 永山 将史 1986
16-4号 ハイデッガーにおける共―存在の問題――作品と人間 吉次 基宣 1986
15-4号 弁証法的現象学の冒険――マルクーゼの「史的唯物論の現象学」をめぐって 高橋 義人 1985
15-4号 ハイデガー哲学に於ける真理の本質と本質の真理 福田 收 1985
15-4号 ハイデッガーの芸術論について――哲学と芸術の間へ 吉次 基宣 1985
14-4号 言語と沈黙(2)――ハンソンとナイサー 本宮 輝薫 1984
14-4号 道元の嗣法観 半田 栄一 1984
13-4号 ライプニッツ哲学に於ける個体の在り方について――個体的見地に即しての一考察 橋本 由美子 1983
11-4号 カント哲学における反省の機能 村岡 晋一 1981
11-4号 構造と主体――メルロ・ポンティの言語論に即して 本宮 輝薫 1981
11-4号 デカルトにおける言葉と知覚 財津 理 1981
10-2号 道元における修行と悟り 半田 栄一 1980
10-2号 「最も不幸なる者」の時間性――キルケゴールの『あれか、これか』から 田代 擁子 1980
9号 デカルトにおける時間について 財津 理 1979
6号 ニーチェにおける無の思想 隈崎 美佐子 1976
5号 親鸞における恩思想 新保 哲 1975
4号 美と崇高 黒川 幸史 1974
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中央大学大学院 『論  究』 文学研究科篇――哲学専攻関連論文タイトル
51/1 ヘカベの舟――「和解の暴力性」についての哲学的考察 竹生 修平 2019
51/1 誠実さの歴史的構成を扱うニーチェの歴史哲学――道徳の支配のもとからいかにして道徳を批判する真理認識が成立するか 大山 真樹 2019
50/1 レヴィナスのエロスの現象学における未来の時間性 野 浩之 2018
50/1 価値評価と道徳とを倒置する遺されたニーチェの定式――運命愛ならざるものとしての価値と道徳 大山 真樹 2018
49/1 アリストテレス『デ・アニマ』の感覚論における作用の受動の問題 太田 稔 2017
49/1 ニーチェはアフォリズム書きか――数字から見るニーチェのアフォリズム 大山 真樹 2017
47/1 ジェイムズ自我論の批判的検討とその射程――暖かみと記憶の特性をとおして 大厩 諒 2015
46/1 アリストテレス『デ・アニマ』における表象論解釈へ向けて――427a17-427b6におけるアリストテレスの先行学説批判の解釈 太田 稔 2014
45/1 形而上学とその影――『過程と実在』のふたつの読み方について 飯盛 元章 2013
45/1 ニーチェ『曙光』の道徳批判における時間の概念 大山 真樹 2013
45/1 歓待する自己へ――レヴィナス『全体性と無限』享受論における「女性的なもの」に至るまで 野 浩之 2013
42/1 『往生極楽記』における「異相往生」の内実――『往生要集』および『霊異記』との比較から 尾留川 方孝 2009
41/1 ハイデッカーの良心の呼び声について 芳賀 恵 2008
39/1 ベルクソンにおける個体性の概念について 大井 英晴 2007
37/1 差異の問題への序――ベルクソン ‐ ドゥルーズにおける差異の概念構成に即して 大井 英晴 2005
37-1 悪しき行為における自発性の問題――アリストテレス倫理学の一側面 八木 英之 2005
35/1 ベルクソンにおける思想と概念             新海 太郎 2003
35/1 原徳斎『先哲像傳』自筆稿本の故実家伝――伊勢貞丈の未紹介資料の解題と翻印(三) 須佐 俊吾 2003
34/1 『家流問答』と『つれゝゝ草の大意』――続伊勢貞丈の未紹介資料の解題と翻印 須佐 俊吾 2002
33/1 フッサールモナドロギー再考――生活世界概念の一解釈 岡山 敬二 2001
33/1 フッサールにおける「超越」の問題 寺本 剛 2001
33/1 言語の存在様態と歴史的アプリオリ 大井 英晴 2001
32/1 フッサール間主観性論における原初性と独我論の問題 岡山 敬二 2000
31/1 可視性/仮死性――ミシェル・フーコーの『臨床医学の誕生』について 大井 英晴 1999
31/4 「連合」と他者経験 岡山 敬二 1999
30/1 日本近世思想史研究の問題点と伊勢貞丈 田中 俊吾 1998
30/1 パルーシアとテクネーの圏域 矢島 久隆 1998
29/1 ウィトゲンシュタインと「形式」の概念 瀬嶋 貞徳 1997
25/1 ヴィトゲンシュタインの「確実性」について 中村 昇 1993
25/1 『精神現象学』の二つの仏語訳をめぐって――「良心論」を中心に 吉田 達 1993
24/1 オリゲネスの三位一体論 中村 康英 1992
23/1 クリプキの言語論 瀬嶋 貞徳 1991
22/1 レンマ 永山 将史 1990
22/1 「言語ゲーム」としての言語 中村 昇 1990
21/1 方法概念としての「言語ゲーム」 中村 昇 1989
21/1 『精神現象学』における自己確信の問題 吉田 達 1989
20/1 春の潮の如くに―「論究」20巻の刊行によせて 高木 友之助 1988
19/1 永久平和論再読――紛争と連合 上野 俊哉 1987
19/1 『技術への問い』(ハイデガー)をめぐって 高橋 義人 1987
18/1 書かれたもの――法の名で "ルソーの共同体" 上野 俊哉 1986
18/1 被投的事実の重み――情態性と開示されるもの 福田 收 1986
16/1 「吉本隆明」を読む――その戦争責任論を中心に 竹田 之 1984
15/1 カントの「性質」のカテゴリーについての一考察――制限性を中心に 田代 博司 1983
15/1 メルロ=ポンティにおける言語と沈黙(1) 本宮 輝薫 1983
9/1 [研究ノート] 列子研究覚書――列子における虚をめぐって 山崎 徹 1977
9/1 [研究ノート] 思索の源泉――人間における「無限の思索」と「有限性からの思索」について 完戸 昭夫
田代 博司
1977
8/1 蓮如「御文」の研究――布教活動を中心に 新保 哲 1976
7/1 『霊異記』に見える庶民の宗教意識 新保 哲 1975

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