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中央大学文学部紀要哲学
文学部紀要―哲学 最新号(61号/通巻277号/2019年3月)発行
総目次 (最新号〜創刊号)
著者名五十音順 論文リスト  []  []  []  []  []  []  [ま]  []  [ら]  [わ]
  • 2007年第49号から、誌名が「中央大学文学部紀要―哲学科」から「中央大学文学部紀要―哲学」に変更となります。巻号はそのまま引き継がれます。
  • 「中央大学文学部紀要―哲学」のすべての号(社会学担当号を除く)は、哲学共同研究室で閲覧、コピー利用することができます。各号のタイトルについては総目次をご参照ください。
  • 最新号は哲学共同研究室で、一部262円(税込み)で頒布しています。(*バックナンバーご希望の場合も、哲学共同研究室へお問い合わせください。残部僅少の号については閲覧・コピー利用のみとなります。ご了承ください。)

 
中央大学文学部紀要―哲学 総目次 (最新号〜創刊号)
  
哲学 第61号 最新号 (通巻277号/2019)
常識について――宮武昭先生を送る 中村 昇
宮武昭教授 略年譜
贈与、そして「相関主義の強いモデル」(メイヤスー)としてのウィトゲンシュタイン 中村 昇
江戸時代初期の改元難陳における経学的要素 水上 雅晴
18世紀におけるアナロギア論争の一局面――「自然の創造主の言語説」を手掛かりにして 竹中 真也
律令期における儀礼対象の存在把握の様式――郊祀と廟祭が定着しなかった要因の一考察 尾留川 方孝
<研究ノート>
バークリー『運動について』訳解
宮武 昭


哲学 第60号 (通巻272号/2018)
王充の聖人観 井ノ口 哲也
書の<深さ>と文字の精霊――院政期精神史のひとつの試み(四) 尾形 弘紀
山鹿素行の周濂渓批判――朱子に対する評価との対比を中心として 石橋 賢太
『信仰の平和』再考――一四〇〇年代の枢機卿たちの中のクザーヌス 阿部 善彦
<研究ノート>
バークリー『人知原理論』訳解(6)
宮武 昭


哲学 第59号  (通巻267号/2017)
超越と良心 ――須田朗先生を送る 中村 昇
須田朗教授 略年譜
年号勘文資料が漢籍校勘に関して持つ価値と限界――経書の校勘を中心とする考察 水上 雅晴
フランツ・ローゼンツヴァイクの名前論――ユダヤ的固有名論〔二〕 村岡 晋一
内化する複数性――アーレントのカント解釈 齋藤 宜之
「神秘主義:Mystik」というローレライの幻想
 ――ローゼンベルク『二十世紀の神話』、南原繁、西谷啓治のエックハルト解釈からの検討
阿部 善彦
バークリにおける精神の能動と受動 竹中 真也
中国思想は高校生にどのように教えられているのか――平成28年度使用 高校「倫理」の教科書を分析して 井ノ口 哲也
蹴鞠の哲学、または地を這う貴族たち――院政期精神史のひとつの試み(三) 尾形 弘紀
<研究ノート>
バークリー『人知原理論』訳解(5)
宮武 昭


哲学 第58号 (通巻262号/2016)
「図式―像」とはなにか――ハイデガー『カントと形而上学の問題』への一考察 須田 朗
ユダヤ人にとっての「名前」――ユダヤ的固有名論〔一〕 村岡 晋一
文献学・解釈学・現象学――哲学と思想史研究の間 清水 正之
『周易』の革命思想 井ノ口 哲也
数の散文化――院政期精神史のひとつの試み(二) 尾形 弘紀
<研究ノート>
バークリー『人知原理論』訳解(4)
宮武 昭


哲学 第57号  (通巻257号/2015)
宇野茂彦教授を送る 岸田 知子
宇野茂彦教授 略年譜
諸子百家思想史素描 宇野 茂彦
朱子学と教育勅語 井ノ口 哲也
菩提心と贈与 米田 達也
軽業と偶然性――院政期精神史のひつとの試み (一) 尾形 弘紀
木田先生と読書会の思い出 須田 朗
ハイデガーにおける「通俗的な時間理解」の含意について 平田 裕之
芸術と不死性――アーレント政治哲学の一断面 齋藤 宜之
西田幾多郎の時間論 (T) 中村 昇
<研究ノート>
バークリー『人知原理論』訳解(3)
宮武 昭


哲学 第56号 (通巻252号/2014)
「章句」攷――范曄『後漢書』を中心に 井ノ口 哲也
『三教指帰』における三悪道へ偏重した六道観念 尾留川 方孝
アルベルトゥス・マグヌスの可能知性論――『霊魂論』に即して 小林 剛
<研究ノート>
『形而上学叙説』の固有名
橋本 由美子
<研究ノート>
バークリー『人知原理論』訳解(2)
宮武 昭


哲学 第55号 (通巻247号/2013)
六道輪廻観念の回避としての『霊異記』の地獄観念と死後理解――『冥報記』との差異からみる『霊異記』の独自性 尾留川 方孝
<研究ノート>
ライプニッツ『アルノーとの往復書簡』――『襞』と関連づけながら
橋本 由美子
<研究ノート>
バークリー『人知原理論』訳解(1)
宮武 昭


哲学 第54号 (通巻242号/2012)
意志の他律の構造 齊藤 宜之
ハイデガーの良心論 須田 朗
『易』の台頭から『周禮』の台頭へ(覚書) 井ノ口 哲也
『栄花物語』に描かれた貴族的浄土信仰とその基底――唯心思想に基づく呪術的念仏観・死体尊重・現世中心主義 尾留川 方孝
Construction of a City in Speech and Purification of the City Tsuchihashi Shigeki
都市の出来事 橋本 由美子
技術哲学の現象学的アプローチ――技術の制御可能性をめぐって 寺本 剛


哲学 第53号  (通巻237号/2011)
吉原文昭先生を送る 宇野 茂彦
吉原文昭先生略年譜
弱さ〔として/から〕の哲学 小須田 健
法身の憑依と現成 米田 達也
主観的経験の私性と直接性 寺本 剛
<研究ノート>
個体と不共可能な世界――ドゥルーズ『襞』から
橋本由美子
<研究ノート>
バークリー『ハイラスとフィロナスの三つの対話』訳解(4)

宮武 昭


哲学 第52号 (通巻232号/2010)
兆しの漸層法――予兆の観念と日本の現実主義 尾形 弘紀
ハイデガーのデカルト論 須田 朗
アルベルトゥス・マグヌスの生命論――『動物論』第16巻第1論考第7章と第11章 小林 剛
ライプニッツ――単純なもの・実体・統一 橋本 由美子
環境倫理におけるヨナス倫理思想の意義 寺本 剛
<研究ノート>
バークリー『ハイラスとフィロナスの三つの対話』訳解(3)

宮武 昭


哲学 第51号 (通巻227号/2009)
見え、かつ見えない神――仁和寺蔵「僧形八幡神影向図」にみる神の表象の屈折 尾形 弘紀
アルベルトゥス・マグヌスにおける数学的量について 小林 剛
環境倫理における「弱い人間中心主義」 寺本 剛
<研究ノート>
バークリー『ハイラスとフィロナスの三つの対話』訳解(2)

宮武 昭


哲学 第50号 (通巻222号/2008)
<哲学者とその影>の向こうへ 岡山 敬二
フッサールの自我論的問題設定とその成否 寺本 剛
都市と感受性 橋本 由美子
<研究ノート>
バークリー『ハイラスとフィロナスの三つの対話』訳解(1)

宮武 昭


哲学 第49号 (通巻217号/2007)
蓮華三昧の思想(前) 米田 達也
私のいる空間――ハイデガーの空間論 須田 朗
物質と幻影 岡山 敬二


哲学科 第48号 (通巻212号/2006)
ヴァルター・ベンヤミンの経験概念 村岡 晋一
決定論における自由とデネットの哲学 渡邊 博
レヴィナス、他者を迎接する分離――「コギト」と「無限の観念」に照らして 橋本 由美子


哲学科 第47号 (通巻207号/2005)
野崎先生を送る 宇野 茂彦
野崎守英教授 略年譜
存在はレアールな述語ではない――カントの存在テーゼとハイデガー 須田 朗
あらゆる言語理解は非理解である――ヴィルヘルム・フォン・フンボルトの対話的言語論 村岡 晋一
ホワイトヘッドの時間論の方へ 中村 昇
フッサール的身体の生身具合について 岡山 敬二


哲学科 第46号 (通巻202号/2004年)
常識と懐疑 宮武 昭
指示と同時性 中村 昇
倫理的なものの所在 小須田 健
ハイデガーにおける科学と「運動」 平田 裕之
喩の表現の探索――空海『声学実相義』冒頭部についての一つの注解 野崎 守英


哲学科 第45号 (通巻197号/2003年)
『性霊集』の空海の一面 野崎 守英
<白痴>は疑う 中村 昇
検証と文法 瀬嶋 貞徳
プラトン『リュシス』篇解釈の一視点 土橋 茂樹
属性は<統一>されるのか――『エチカ』第一部、定理9、定理10 橋本 由美子


哲学科 第44号 (文学部創立50周年記念) (通巻192号/2002年)
哲学専攻の五十年 中村 昇
文学部五十周年に際しての個人的思い出 熊田 陽一郎
中大哲学科の歴史 木田 元
若きヘルダーの歴史哲学 宮武 昭
キルケゴールの時間論 村岡 晋一
ハイデガー『論理学の形而上学的基礎』に見られる超越の概念――ハイデガーのカント解釈への一考察 須田 朗
手品師ウィトゲンシュタインは、かぶと虫の箱に魂を入れたのか 中村 昇
物は射映しない(二) 小須田 健
諸子以前 宇野 茂彦
"死"の問題についての素描――綻びを負う者としてある生きる者・死すべき者 野崎 守英
<価値語>論の一つのアプローチ 土橋 茂樹


哲学科 第43号 (通巻187号/2001年)
エウエーノスへの伝言――プラトーン『パイドーン』61B8-9 伊藤 雅巳
スピノザの特質――複数の実体のもとで 橋本 由美子
世界はどのようにして時間をとりもどせるか――シェリングの『世界時間論』 村岡 晋一
「記述」の文法 瀬嶋 貞徳
空海『秘蔵宝鑰』についての素描 野崎 守英
美とエロースをめぐる覚え書き 土橋 茂樹


哲学科 第42号 (通巻178号/1999年)
木田 元教授略歴
木田 元先生を送る 須田 朗
『哲学以外』の印象から――木田 元氏に 野崎 守英
「行為の問題」再考 宮武 昭
1929年夏学期講義に見るハイデガーの自己批判 平田 裕之
メルロ=ポンティにおける時間性の問題 小須田 健
「確実性」について 中村 昇
実在と文法 瀬嶋 貞徳
曾子の人物像について――曾子はどのやうに語られたか 宇野 茂彦
深秘釈と真言 米田 達也
居丈高な仮想論難者と戸惑うソクラテス――『大ヒッピアス』篇の一解釈 土橋 茂樹


哲学科 第41号 (通巻173号/1998年)
所 雄章先生を送る 宮武 昭
所 雄章教授略年譜
熊田陽一郎先生を送る 須田 朗
熊田陽一郎教授略年譜
『エチカ』第一部の定義をめぐる一考察――実体と属性の解釈を中心にして 橋本 由美子
ヒュームの懐疑主義と自然主義 宮武 昭
ある錯誤の歴史――ハイデガー『ニーチェ』への一考察 須田 朗
メルロ=ポンティのシェリング論 小須田 健
「超私性」(superprivacy)について――「語り得ないものについては、沈黙しなければならならない」 中村 昇
"見る"こと"聞く"ことが思想営為にかかわるいくつかの局面について
――大平伍郎『「見る・聞く・知る」論序説』への応答としての対話
野崎 守英


哲学科 第40号 (通巻164号/1996年)
法曼荼羅の生成――空海における真言観の展開について 米田 達也
世界が見えているかたちについて――語り領域の諸位相(1) 野崎 守英
スピノザの属性について――スピノザとライプニッツを繋ぐもの(T) 橋本 由美子
『判断力批判』「崇高の分析論」(23-29節)読解 須田 朗
ウィトゲンシュタイン『倫理学講話』をめぐって 中村 昇


哲学科 第39号 (通巻155号/1994年)
高木友之助教授の古稀を祝う 木田 元
高木友之助教授略年譜および著作目録
ディオニシオスにおける祈りと思惟 熊田 陽一郎
理り 言割り 事割り――三浦梅園『玄語』「例旨」「本宗」をめぐって――[日本の思想の姿と構造(3)] 野崎 守英
物質の特性と時間――ベルクソンおける物質の pittoresque 性を手懸りに 田島 由美子
ヘルマン・コーエンとユダヤ教――『ユダヤ教の原典に基づく理性の宗教』の解釈をめぐって 村岡 晋一
<Als> 構造の位相 福田 收
『方法序説(第一部)』への<覚書>――<雑感九項> 所 雄章
最高の賢者の系譜 宮武 昭


哲学科 第38号 (通巻146号/1992年)
語りの諸層 人の諸層――日本思想の姿と構造 2 野崎 守英
デカルトにおける色と形 田島 由美子
ピュロニズムにおける行為の問題 宮武 昭


哲学科 第37号 (通巻141号/1990年)
歌の領分 神の領分――『万葉集』の場で(日本思想の姿と構造 1) 野崎 守英
落体の運動に関するデカルト的理解の動揺――デカルトの初期草稿における思想(2) 財津 理
統一と多様――ライプニッツにおける Materia とモナド 橋本 由美子
議論のはこび方について――ロックの一次性質と二次性質の区別に関する予備的考察 宮武 昭


▼ 以下「哲学科」36号〜10号までは、哲学専攻と社会学専攻の隔号刊行となっています。 このページでは、「哲学専攻」号の目次を収録しました。ご了承ください。

哲学科 第36号 (社会学専攻) (通巻137号/1990年)
哲学科 第35号 (社会学専攻) (通巻133号/1988年)

哲学科 第34号 (哲学専攻) (通巻129号/1988年)
死の香り 生の香り――日本思想の姿と構造への序 野崎 守英
物体落下の法則をめぐる二つの誤解――デカルトの初期草稿における思想(1) 財津 理
延長体から非延長体へ――ライプニッツの点に関する考察を手がかりとして 橋本 由美子
『純粋理性批判』の「歴史哲学」とフィヒテ、シェリングにおけるその展開 村岡 晋一
構想力と自由――カントの『判断力批判』(「美の分析論」)への一考察 須田 朗
ニーチェのアポリアとピュロニズム 宮武 昭


哲学科 第33号 (社会学専攻) (通巻125号/1987年)

哲学科 第32号 (哲学専攻) (通巻121号/1986年)
新プラトン思想による三位一体論の変容――「神名論」第二章の試訳と解説 熊田 陽一郎
懐疑と<コギト・エルゴ・スム> 財津 理
「古来の自由の知られたる掟によって」――『アレオパジティカ』評注(1) 小菅 奎申
カントの「存在論的証明」批判とその背景――D.ヘンリッヒ『神の存在の存在論的証明』に即して 須田 朗
フィヒテ哲学における批判と歴史――『全知識学の基礎』についてのフィヒテの二つの定義をめぐって 村岡 晋一
『省察』的用語の一考察――「praecise」について 所 雄章


哲学科 第31号 (社会学専攻) (通巻117号/1984年)

哲学科 第30号 (哲学専攻) (通巻113号/1984年)
桑木先生を送る 木田 元
「哲学の家」をめぐって――最終講義に代えて 桑木 務
桑木務教授略年譜及び著作目録
数江先生を送る 高木 友之助
中世人の美意識とモラル――佗びについての再論 数江 教一
数江教一教授略歴及び著作目録
偽ディオニシオス・アレオパギテース「神名論」第一章の試訳と解説 熊田 陽一郎
原始仏教における存在論――五蘊無我説について 高橋 審也
『思索私記』訳解・その4 所 雄章


哲学科 第29号 (社会学専攻) (通巻109号/1983年)

哲学科 第28号 (哲学専攻) (通巻105号/1982年)
ヒュームの奇跡論 小菅 奎申
前批判期カントの空間論 宮武 昭
「時間と存在」の章をめぐって 木田 元
『思索私記』訳解・その3 所 雄章


哲学科 第27号 (社会学専攻) (通巻101号/1981年)

哲学科 第26号 (哲学専攻) (通巻97号/1980年)
経験と哲学――1760年代前半のカントへの覚え書き 宮武 昭
陳亮の人と生活 吉原 文昭
『思索私記』訳解・その2 所 雄章


哲学科 第25号 (社会学専攻) (通巻93号/1979年)

哲学科 第24号 (斎藤信治教授追悼号) (哲学専攻) (通巻89号/1978年)
斎藤信治さんの事ども 桑木 務
故斎藤信治教授略歴並びに主要著訳書
メルロ=ポンティと「制度化」の概念 木田 元
偽ディオニシオス・アレオパギテースの「神名論」――その構造と内容 熊田 陽一郎
「経験の沃野」の中へ――1750年代のカントへの覚え書き 宮武 昭
『思索私記』訳解・その1 所 雄章


哲学科 第23号 (社会学専攻) (通巻85号/1977年)

哲学科 第22号 (高瀬久太郎教授退任記念号) (哲学専攻) (通巻81号/1976年)
ニーチェのキリスト教解釈 斎藤 信治
『メディターティオーネス』と『メディタシォン』 所 雄章
高瀬久太郎教授略年譜並びに主要著書・論文


哲学科 第21号 (社会学専攻) (通巻77号/1975年)

哲学科 第20号 (哲学専攻) (通巻73号/1974年)
プラトン論攷――哲人王の思想をめぐって 桑木 務

唐代春秋三子の異同について 吉原 文昭

哲学科 第19号 (社会学専攻) (通巻69号/1973年)

哲学科 第18号 (哲学専攻) (通巻65号/1972年)
ニヒリズムに就て 斎藤 信治
現象学と弁証法 木田 元
揚子法言五臣注引書攷 高木 友之助


哲学科 第17号 (社会学専攻) (通巻60号/1971年)

哲学科 第16号 (哲学専攻) (通巻56号/1970年)
禮記子本疏義残巻考文 鈴木 由次郎
中世芸道における人間修行の問題――その一、茶の湯における一期一会ということ 数江 教一


哲学科 第15号 (社会学専攻) (通巻53号/1969年)

哲学科 第14号 (哲学専攻) (通巻51号/1968年)
サルトルの作家論における世界内存在 斎藤 信治
メルロ=ポンティと構造の概念――覚え書 木田 元
カントとヘーゲル――カントの道徳論に対するヘーゲルの批判について 小山 丁一


哲学科 第13号 (社会学専攻) (通巻47号/1967年)

哲学科 第12号 (哲学専攻) (通巻42号/1966年)
学問の論理と倫理 桑木 務
佗茶源流考 数江 教一

哲学科 第11号 (社会学専攻) (通巻39号/1965年)

哲学科 第10号 (哲学専攻) (通巻35号/1964年)
<遺稿>愛の形而上学――序論 愛の弁証的性格 武田 信一
カントとヘーゲル――数学的二律背反をめぐって 斎藤 信治
法言の研究――その著作の動機について 高木 友之助
顧炎武の学問――「明学から清学への転換」の観点から 山井 湧
武田君と私 桂 寿一
武田教授略歴・著作目録


▼ 以下「哲学科」9号から創刊号までは、哲学専攻・社会学専攻が担当しています。

哲学科 第9号 (哲学専攻・社会学専攻) (通巻31号/1963年)
プラトンとプロティノスのエロス論 武田 信一
生の世界の現象学――メルロ・ポンティのフッサール解釈(2) 木田 元
利根水域総合調査中間報告
地域社会学への基礎的考察 田野崎 昭夫
社会学的現実主義 宇津 栄祐


哲学科 第8号 (哲学専攻・社会学専攻) (通巻25号/1962年)
新聞と輿論 樺 俊雄
ドヤ街居住者の生活構造 那須 宗一
現代における合意の構造 佐藤 智雄
「純粋理性批判」における<偶然性>の概念の意義 所 雄章


哲学科 第7号 (哲学専攻・社会学専攻) (通巻22号/1961年)
カントの永久平和論 斎藤 信治
生世界の現象学――フッサールからメルロ・ポンティへ 木田 元
人間行動の基礎理論 世良 正利
「鹽鐵論」にあらわれた桑弘羊の経済思想について 高木 友之助
都市社会学における生活構造の諸問題 宇津 栄祐
クーリー社会学の一側面 田野崎 昭夫
フランス思想のラテン・アメリカ西漸 加藤 正泰


哲学科 第6号 (哲学専攻・社会学専攻) (通巻18号/1959年)
文化心理学の方法論 城戸 幡太郎
エックハルトの神秘説と禅 高瀬 久太郎
正法眼蔵の時間論 数江 教一
十七世紀的物体観の問題――「物体は延長である」といふテーゼを繞って 所 雄章
信頼の意義 O.F.ボルノー
(橋本文夫・訳)
故今泉三良教授を悼む 高瀬 久太郎
故今泉教授略歴
故今泉教授主要著作目録

哲学科 第5号 (哲学専攻・社会学専攻)  ※社会学論文のみ (通巻13号/1958年)

哲学科 第4号 (哲学専攻・社会学専攻) (通巻11号/1958年)
ハイデガーのヘーゲル解釈 斎藤 信治
禮記子本疏義残巻考文序 鈴木 由次郎
世代の対立と年令階層の社会的転位に就いて 那須 宗一
愚管抄の史観と末法思想 数江 教一


哲学科 第3号 (哲学専攻・社会学専攻) (通巻8号/1957年)
「志士」の構造 綿貫 哲雄
老人の社会病理 那須 宗一
韓非子法術論と老子 布施 欽吾
真理の問題――学問論の一環として 桑木 務
演劇教育の心理学的基礎 世良 正利


哲学科 第2号 (哲学専攻・社会学専攻) (通巻5号/1956年)残部僅少
卦爻辞研究 鈴木 由次郎
中世主従道徳の性格について 数江 教一
「コギト」の立言の論拠に関する考察 所 雄章
オフィスワーカーの意識構造 佐藤 智雄
放送教育論 加藤 正泰


哲学科 第1号 (哲学専攻・社会学専攻) (通巻2号/1955年)残部僅少
井上哲学の一面――現象即実在論 伊藤 吉之助
十翼論攷 鈴木 由次郎
実存主義者の時局観 斎藤 信治
社会学と歴史 樺 俊雄
日本社会における家族の社会意識 桜井 庄太郎
都市生活と暴力集団について 那須 宗一
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