【追悼】渡邊 博先生

中央大学文学研究科哲学専攻 渡邊 博先生が、2018年6月18日(月)にご逝去されました(享年71歳)。
先生のご学恩をしのび、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
中央大学大学院文学研究科哲学専攻
中央大学文学部哲学専攻
一 同
2018年6月25日

< 中央大学教員組合新聞 第415号(2019年1月31日)より >
追悼 渡邊先生のこと
中村 昇
 渡邊先生が亡くなられた。昨年(2017年)の六月に自分の母親を亡くし、一年後の同じ月に渡邊先生が向こうの世界へ旅たたれた。これは、私にとってとても偶然とは思えない。それほど、先生の死はこたえた。「お世話になった」などという陳腐な言いまわしは使いたくない。なぜ使いたくないか、ということをうまく説明できるだろうか。
 最初の学部での授業は衝撃的だった。中央大学に赴任されて初めての授業だったと思う。いきなり入ってきて教壇で逡巡しながら、「始めるということは、難しい」と仰った。「始まり」のもつ逆説的なあり方の説明から唐突に始まったのだ。「これが、本物の哲学だ」と感動で震えた。
 その場から素手で哲学を始める。これが渡邊先生の一貫した姿勢だ。学部の学生のごく初歩的な質問にも、丁寧に最も根源的なところから答えられる。どんな些細なことも忽せにしない。真摯に正面から受けとめじっくりと料理される。大学で物理を学ばれたから、どんなことも詳細に分析された。
 渡邊先生の授業に、本年度退職される宮武昭先生が、熱心に出席されていたこともある。今にして思えば、才能豊かな二人の若い哲学徒の議論を身近で聴くとても貴重な機会だったと思う。当時は、なかなか交わることのなかった分析哲学と大陸哲学との稀有な接触だった。
 『方法への挑戦』(ファイヤアーベント、一九八一年)、そして『知覚と発見』(ハンソン、一九八二年)という翻訳をだされた頃だった。渡邊先生をはじめ、東大の駒場で大森荘蔵に教わった人たちが陸続と活躍しはじめるころだ。『知覚と発見』を使った授業では、哲学の骨格を教わったような気がする。ハンソンの「理論負荷性」という概念が、いまだに自分の血肉となっているのをふと気づく瞬間がある。科学史の授業では、カントールの対角線論法を黒板全面に数字を書いて説明されていた。人間の頭脳の可能性に、心から震撼させられた。
 学部から大学院にいたるまで、渡邊先生の授業には、すべて出席したのではなかったか。大学院では、木田元先生の指導の下に、哲学書の読み方を徹底的に仕込まれた。ただ、専門分野としては、渡邊先生が指導教授だったといっても過言ではない。先生は、ウィトゲンシュタインに「説得された」と仰っていた。そのウィトゲンシュタインが私の専門だったのだから。
 大学院の最初の演習(一九九二年)は、パトナムのRealism with human faceがテキストだった。その後、クリプキを読んだり、ウィトゲンシュタインの数学についての講義録を読んだりした。じつに刺激的な授業で、分析系の哲学のあらゆる話題がテーマとなった。後年は、渡邊先生の池袋の御自宅で演習はおこなわれた。着物姿の奥様(医師でもいらっしゃる)が休憩の折、この上なく美味しいメロンやお菓子を運んでくださった。
 演習の忘年会も楽しみの一つだった。カラオケで渡邊先生は、尾崎豊の「I love you」 や、美空ひばりの「悲しい酒」をしっかりした音程と美声で歌われた。渡邊先生が、クラシックに造詣が深いと同時に、美空ひばりと中島みゆきの全集もおもちだったのは、一部では有名だった。院生はお金がないことをご存じだった先生は、呑み会では、いつも全額支払われた。
 私が専任になった後も、先生との交流はつづいた。文学部の五十周年のときも、渡邊先生と一緒に記念シンポジウムを企画し実施した。参加するパネリストの人たちと下北沢で、最初の会合をもった時のことが、いまもまざまざと思い浮かぶ。実際のシンポジウムも、渡邊先生と協力して成功させた。本当に楽しい思い出である。
 一九九五年にオウム真理教の地下鉄サリン事件が起こると、奥様が電車や地下鉄に乗るのを心配されたので、池袋の御自宅から八王子の大学まで自転車で(!)往復通勤された。その頃、マラソンにも熱心に取り組まれ、フルマラソンをした後に、いつもいくエアロビックスの教室で元気にエアロビックスをされたということで、周りの人から「鉄人」と呼ばれた、と嬉しそうにお話しされた。
 それだけではない。渡邊先生と私は、実はUFOの存在を信じていた。UFOの英文の資料をたくさんもってきて私に渡しながら、「資料を読めば読むほど、信じざるを得なくなりますよ」と仰っていた。私も同感だった。二人で三号館の哲学共同研究室の片隅で、「中村さん、今度やっとNASAが本当のことを公開しますよ」などとひそひそ声で話したものだ。こんな話は、渡邊先生としかできない。
 本当に尽きない。四十年ほどの渡邊先生とのつきあいが、どれだけ私の人生において重要だったか、どれほど私を豊かにしてくれたか。「お世話になった」などといういい方では、とても表現できないことがおわかりになっただろうか。
 渡邊博先生、本当にありがとうございました。


以下、ご在職当時の渡邊先生のページから抜粋しました。
渡邊 博   WATANABE Hiroshi
  中央大学文学部教授 研究者情報データベース(中央大学)へ
最終学歴/学位 = 東京大学理系大学院科学史・科学基礎論専攻博士課程終了退学
専門分野 = 科学哲学、科学史、比較文化
メッセージ = 西洋では、哲学は単なる意見とは異なる諸々の知識の探求を言い、科学 (science) は得られた知識を意味しました。その根本義に立ち戻り、科学と哲学を対立させる浅薄な理解を超えたところで、制度化され、断片化された個別の科学には収まりきらない様々な事柄にラディカルに問い掛ける姿勢を重視します。
• 古代の世界観を見直すことに興味を持っている。時間についてまた考えだした。
主な研究業績
  • 【著訳書】
    『科学哲学―現代哲学の転回』 (北樹出版、 2002) [共著]
    『言語・科学・人間』 (朝倉書店、1990) [共著]
    ハッキング『表現と介入』 (産業図書、1986)
    ハンソン『知覚と発見』上・下 (紀伊國屋書店、1982) [共訳]
    ファイヤアーベント『方法への挑戦―科学的創造と知のアナーキズム』 (新曜社、1981) [共訳]
  • 【論文】
    「『ハムレット』と新コスモロジー Ⅰ」 (『中央大学論集』 第31号、2010)
    「高橋憲―『ガリレオの迷宮-自然は数学の言語で書かれているか-』」 (『西洋史学論集』45、九州西洋史学会、2007)
    「学んで100年: 特殊相対性理論」 (『科学哲学』39-2、日本科学哲学会、2006)
    「冥府考 2― P.Kingsley と R.Paget の研究を参考に―」 (『中央大学論集』、中央大学、2002)
    「冥府考 1」 (『人文研紀要』34、中央大学人文科学研究所、1999)
    「ニュートン哲学における科学の古典性について」 (『科学哲学』30、日本科学哲学会、1997)
    「カオスの科学の意味を巡って」 (『科学哲学』28、日本科学哲学会、1995)
学会・研究会などの活動 = 日本科学哲学会、日本科学史学会、科学基礎論学会、日本哲学会
研究内容のキーワード = 科学論、科学史、物理学の哲学、比較文化論
指導学生の研究テーマ(修士論文・学位論文タイトルなど)
  • デネットに沿って時間の基本を考える。そこに現れる幾つかの問題について
  • パラダイム論における科学の目的について
  • ファイヤアーベントが提示した「自由社会」について
Philosophy,Division of Humanities and Social Sciences,Faculty of Letters/Philosophy Course,Graduate School of Literature/Chuo University ▲哲学専攻の紹介へ戻る


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