3年のゆいです!
個人的な話ですが、今年度2度目のブログ更新です(笑)なんかすいません。
さてさて、5月も半ばということで、そろそろ新しい時間割にも慣れてきたところでしょうか?
そんな私は、バイトをがつがつやってお金を貯めるぞ!ということで、今年は週に3日しか学校に行っていません。お金を貯めたら、行きたい国があるんです!!!
一週間のうち、バイトで汗水流している時間のほうがはるかに長いので、時々自分が学生であることを忘れます。
フリーターかと思っちゃいます。
高校生のときからしたら想像もつかないような生活スタイル・・・
学生なんだし、ほんとはもっと勉学に励んだほうがいいんじゃ・・・
と、今の生活に疑問を持つこともたまにあります(ほんとに、たまに。)
でも、学校ではなくバイトで得られることって本当にたくさんあって、
私はそれらを得ることができてすごーく良かったな、って思ってるんです。
(あ、何を得られたかはここでは書きません。卒業する時の最後のブログで書きます)
理想はバイトと勉強の両立なのですが・・・うーむ、難しいんですよね、これが。
ま、そんな私の話は置いといて、本題に入ります
今日は前回に引き続き文献購読!
『戦争報道』武田徹著の…
1章 第二次世界大戦中の戦争報道 2,BBC時代のジョージオーウェル
2章 ベトナム戦争の報道 2,ジャーナリズムと映画
についてでした。
1章では、『1984』の作者、ジョージ・オーウェル(春樹ではない)がBBCで働いていたときにどういった報道をしていたのかについて書かれていました。
ここでは、戦時中の報道は、国益のためなら閉ざされてもいいのだろうか、
つまり、戦時中は、中立を守るべきジャーナリストが、自国の都合の良い報道のみをしていても許されるのだろうか、
ということについて主に議論したのですが…
許される側の意見には、
「祖国のためを思えば、うその情報も流すこともやむを得ない。結果的に国益になるのだから」
許されない側の意見には
「戦時中だからこそ、ジャーナリストは中立を守るべきだ」
…等々の意見が出ました。
真実の情報ではなく、自国にとって都合の良い情報を流す。
これは戦争中の国民を同じ方向に向かせ、まとめるという意味では非常に有効的だと思います。しかし、中立の立場で出来事を見て、伝えることが役目のジャーナリストに許される行為だとは、私は思えません。
みなさんはどうですか???
次に、2章では、ベトナム戦争を映画化した『地獄の黙示録』について書かれていました。
ここで論点となるのが、「フィクションである映画が、ジャーナリズムの役目をはたすのだろうか」というところです。
『地獄の黙示録』では、ジャーナリズムでは取り上げられなかった真実の部分(戦争の狂気など)を余すことなく描いている、と本文中に書かれています。
しかし、作品中のエピソードは、もしかしたら人づてに聞いた話を参考にしただけなのかもしれないし、単なるうわさをエピソードとして取り上げただけなのかもしれない。
…となると、『地獄の黙示録』は本当に真実を描いているのか?
といった疑問が出ました。
うーん、ムズカシイ・・・・
文学作品はジャーナリズムの役目を果たすのか、という議題は来週でも話し合われそうです!
本日はこのへんで・・・