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2002年3月28日

藤原正和選手のトレーニング

中央大学保健体育研究所客員研究員         
中央大学陸上競技部コーチ 川久保一浩

    1.はじめに
     藤原正和選手(中央大学文学部3年生)は、第12回ユニバーシアード北京大会 (2001年8月27日〜9月1日)  ハーフマラソンにおいて、1時間04分12秒で金メダルを獲得した。3月4日の日本学生マラソン選手権での優勝による 代表決定から本大会までの半年足らずの期間の練習についてまとめてみた。
     表1.は、藤原正和選手の高校から大学3年次までの1500m、5000m、10000m、ハーフマラソンの年次別ベスト記録の 一覧である。


表1.藤原選手の年次別ベスト記録
種目高校大学1年大学2年大学3年
1500m 4’03”87     3’52”5
5000m14’32”1314’23”68 14’16”2 13’53”72
10000m 29’23”4 28’17”38 28’32”75
ハーフ 1゜10’21” 1゜03’40”1゜04’21”

    2.練習計画
     中央大学陸上競技部では、関東学生対校選手権、日本学生対校選手権、出雲大学駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝、 この5つを最も重要な試合として位置付け、これらに基づいてコーチ、主将、主務との話し合いにより年間活動計画を 立て、月間練習計画を立案し、実施している。
     藤原選手の本大会までの練習計画については、3月4日の代表選考会から9月1日の本大会までの約6ヵ月間のうち、 関東学生対校選手権 (5/18〜20) を経て日本選手権10000mまでの3ヵ月間をトラックでの5000m、10000mを中心とした スピード重視の強化期間に置き、7月1日の札幌国際ハーフマラソンでスタミナのチェックと本大会のシミュレーション を行なった後に本大会を目指した走り込み、調整という計画で本人との話し合いの上で立案し、実施した。


    3.練習実績
     まず、前半のトラックシーズンにおいては、2000年12月の日本体育大学長距離記録会で樹立した10000mの日本ジュニア 記録(28分17秒38)に相当する記録を春季サーキットレース及び日本選手権で達成することを目標とした。そのためには これまでよりレベルアップした質の高い練習を行なわなくてはいけないということで、3月末には実業団の合宿に参加、 練習消化度合いは同時に参加していた他大学の選手と比べ群を抜いていた。
     表2.はその時の合宿での練習実績を記したものである。


表2.春期強化期間における合宿での練習実績
月日曜日朝練習午前練習午後練習走行距離
3/23(金)60’jog移動105’jog35km
3/24(土)60’jog1000m×10+1000m×2 R200m400m
2’51” 2’50” 2’51” 2’50”
2’51” 2’51” 2’52” 2’50”
2’50” 2’50” 2’45” 2’46”
30’jog38km
3/25(日)60’jog40’walk16000mB.up+1000m49’56” 2’43”
3’19‐3’18‐3’13‐3’18‐3’17‐
3’14‐3’13‐3’09‐3’07‐3’05‐3’00‐
3’02‐2’59‐2’57‐2’54‐2’51
39km
3/26(月)60’jog30’jog75’jog35km
3/27(火)60’jog60’walk40’jog25km
3/28(水)60’jog5000m×2 R15’ 14’24” 14’12”
2’53‐2’53‐2’54‐2’53‐2’51
2’49‐2’51‐2’52‐2’51‐2’49
 27km
3/29(木)60’jog100’jog50’jog 31km
3/30(金)60’jog30km 1゜50’14”
18’52‐18’23‐18’22‐18’15‐
18’09‐18’13
移動49km


     そしてトラックシーズンへの導入練習の一環として出場した選抜中長距離熊本大会では、5000mにお いて自身初となる13分台(13分53秒72)を達成した。
     続く兵庫リレーカーニバル10000mでは、外国人選手も参加する中、ハイペースにどこまで対応出来 るかを課題として臨んだ。しかし、当日は強風による悪条件でけん制したペースになり、逆にこれが2分 50秒そこそこという本人にとってちょうど良いペースになり、7000mまで先頭集団でレースが出来た。 最後は外国人のペースアップに対応出来ず、自己新記録更新は達成出来なかったが、自己2番目の記 録(28分32秒75 日本人6位)を達成、日本のトップレベルの力があることをアピール出来た。
     このような春先の好調を維持し、関東学生対校選手権に臨み、5000m、10000m両種目において上 位入賞を狙う予定であったが、春先の連戦の疲れからか、大会13日前に発熱と喉の痛みを訴え、3日 間の完全休養を余儀なくされた。一時は欠場も考えたが、大学の代表選手という責任感の強さから、 万全の体調では無いものの出場することとなった。
     大会では、初日の10000mは2000mから遅れ、その後も自分本来のペースを維持出来ず、持ち前の 粘りも発揮出来ぬまま自己ワースト記録である30分40秒85で19位と散々な結果であった。10000mレ ース終了後、最終日の5000mを見送ることも考えたが、翌日、練習の一環ととらえ本人開き直って出場、 結果は14分20秒90で11位と、現状態を考えれば、まずまずの内容ではあった。
     結局、この時体調を崩したことが、その後の試合及び練習計画にも影響し、当初出場予定であった 日本選手権10000m、札幌国際ハーフマラソン大会を断念せざるを得ず、体調の回復にほぼ1ヵ月を要 し、回復後再度スピードのチェックを行ない、走り込みへ移行していった。
     表3.は代表選考会から本大会までの合宿、試合結果及び月間走行距離を記したものである。


表3.代表選考会から本大会までの合宿、試合結果及び月間走行距離
行動計画試合結果月間走行距離
3月4日日本学生マラソン選手権優勝 1゜03’40” 812km
15〜19日合宿 千葉 
23〜30日合宿 千葉 
4月8日選抜中長距離熊本大会5000m6位 13’53”72自己新 641km
22日兵庫リレーカーニバル10000m13位 28’32”75
5月18日選抜中長距離熊本大会5000m 19位 30’40”85587km
20日関東大学対校選手権5000m11位 14’20”90
6月9日日本選手権10000m欠場(体調不良の為) 717km
7月1日札幌国際ハーフマラソン大会 欠場(体調不良の為)986km
 日本体育大学記録会 1500m3’52”5自己新
19〜30日合宿 志賀高原 
31〜 5日合宿 志賀高原 
8月19日北京入り  678kmm
20〜25日調整合宿 昆明 
25日北京入り 
9月1日ユニバーシアード ハーフマラソン 優勝 1゜04’12”695kmm


     7月に入って本大会に向けての本格的な練習に入り、前半の2週間をトラックを中心としたスピード持 久の練習、第3週目から8月第1週目までの3週間をロードでの距離走を中心とした合宿練習を行なった。
     特にこの3週間の走り込みは、本大会直前の調整合宿を高所(中国・昆明)で行なうということであったので、 高所に順応した体調作りをすることを目的として、高所(志賀高原、標高1600m)での合宿を選択し、行なった。
     志賀高原では、4日に1回、計4回の30km走を行ない、その30km走の間にも400mや1kmのインターバル走を入れ、 持続面とスピード持久面の強化をバランス良く行ない、7月19日から8月5日までの18日間で670kmを走り込んだ。
     表4.は7月の強化期間における合宿での練習実績を記したものである。


表4.強化期間における合宿での練習実績
月日曜日朝練習午前練習午後練習走行距離
7/19(木)10000mPR移動100’jog35km
20(金)60’jog40’クロカン 400m×20 R200m(60〜65”) Total41’07”4
69”6 68”2 69”2 69”5 68”1 68”0 70”0
69”0 70”8 68”4 67”9 67”9 66”8 67”2
69”0 66”9 67”8 66”8 68”9 65”6
36kmm
21(土)50’
クロカン
50’クロカン30km 1゜45’08”
17’59‐17’48‐17’31‐17’31‐17’10‐17’07
56km
22(日)60’jogナシwalk12km
23(月)60’jog400m×20 R70”(Road)Total44’07
69”7 66”4 66”6 67”4 69”1
69”8 69”6 69”3 67”9 69”9
68”9 71”2 69”4 69”8 69”0
70”0 68”6 66”4 65”4 64”3
45’jog37km
24(火)60’jog100’jog50’jog41km
25(水)60’jog30km+1km 1゜45’08” 2’38”
18’22‐17’56‐17’27‐17’18‐
17’10‐16’52
45’jog59km
26(木)60’jogナシwalk12km
27(金)60’jog120’jog50’jog47km
28(土)60’jog400m×12 R70”(Road)Total25’35”3
65”6 67”9 65”9 67”1 65”3 66”2
64”2 66”1 65”1 66”2 62”9 61”8
60’jog 38km
29(日)60’jog30km+500m 1゜46’42” 1’38”
17’50‐17’45‐17’47‐17’17‐
17’55‐18’08
30’jog54km
30(月)80’jog移動ナシ16km
31(火)60’jog45’jog120’jog47km
8/1(水)60’jogナシ60’jog24km
2(木)60’jog1km×10 R200m(59”〜71”)
2’59”2 3’01”4 2’58”5 3’00”7
3’00”2 3’00”8 2’58”2 2’59”1
3’01”3 2’58”0
横手山登り11km40km
3(金)60’jog横手山登り16km50’jog38km
4(土)60’jog45’jog30km+1km 1゜49’11” 2’34”
18’22‐18’01‐18’19‐
18’03‐18’12‐18’14
60km
5(日)90’jog移動 18km


     志賀高原での合宿後、東京での暑さを凌ぐために8月13日からのチームの北海道での合宿に途中ま で帯同することも考えたが、北京での暑さに慣れるためと、移動による疲れを考慮し、2週間を東京で過 ごすことにした。幸いこの期間の東京は例年に比べ気温が低く、思っていたより過ごし易かった。
     その後、合宿での疲労も無く、順調に調整ができ、北京に移動、最終調整へ入っていった。
     北京に入ってからも、翌日昆明への移動と慌ただしい日々ではあったが、調整は順調に行なわれた。 通常、本学陸上競技部では、ハーフマラソンレースの10日前に10〜12kmのレースペースでのペース走、 7日前には5kmのレースペースよりやや速めのペース走を行なうが、高所での調整ということで、身体に かかる負担を考慮し、距離を短くペースを速くすることで、同等の効果が生まれるものに置き換えた。
     再度、北京に移動してからも選手村に留まることなく、他の種目の応援をするなど積極的に行動し、 気分転換を図った。一時軽い下痢にも見舞われたが、大事に至らず、調整練習には支障なくレースを 迎えることが出来た。
     ハーフマラソンは大会最終日ということで、中国に渡ってからレースまで2週間は、少々長い気もする と藤原選手本人は言っていたが、それにもめげず最後まで集中力を欠くことなく レース当日を迎えること が出来たのは、本人の精神力の強さだと思われる。
     表5.は本大会直前の2週間、東京から北京、昆明での調整合宿、そして北京での調整段階での練 習実績を記したものである。


表5.本大会直前2週間の練習実績
月日曜日朝練習午前練習午後練習走行距離
8/19(日)ナシ移動 (東京〜北京)90’jog+ws17km
20(月)60’jog移動 (北京〜昆明)60’jog+ws24km
21(火)ナシ
(大雨の為)
50’jog350m×12+600m R50m(9”6〜11”6)
200m(72”7)
62”5 63”0 63”3 62”1 63”0 63”3
63”5 63”3 63”5 63”4 63”5 63”1
Total14’50”6 1’42”2
24km
22(水)45’jog散歩水泳9km
23(木)55’jog60’jog(クロカン)+ws散歩24km
24(金)40’jog60’jog+ws散歩21km
25(土)40’jog移動 (昆明〜北京)1000m×5 R200m(55”8〜57”8)
2’53”4 2’54”0 2’52”5
2’49”6 2’47”9
21km
26(日)散歩バスにてコース下見45’jog9km
27(月)50’jog60’jog 23km
28(火)45’jog 3000m+200m R200m 8’35”629”0
(2’52”1)5’46”7(2’54”6)8’35”6(2’48”9)
20km
29(水)60’jog
(コース後半)
 20’jog 治療17km
30(木)35’jog 40’jog15km
31(金)30’jog1200m 3’16”6
(65”5)2’11”3(65”8)3’16”6(65”3)
 15km
9/1(土)20’jogレース 優勝 1゜04’12”
15’13‐15’19‐14’59‐15’18‐3’23
 32km


    4.レース当日
     レースの作戦としては、レース3日前のコース試走の際、14〜17kmまでに3ヵ所ある立体交差の上り下りを勝負 ポイントと考え、特に17km地点手前の下り坂を最後の勝負ポイントとし、レース展開をイメージした。
     レースは、午前8時スタートと早朝ではあったものの、レース後半は30℃近い気温と強い陽射しが押 し寄せてくるので、選手の体力消耗を避けるため、スローなレース展開が予想された。
     入りの5kmを15分13秒と選手同士がけん制し合い、予想通りのゆったりとしたペースであった。10km 手前で遅いペースに業を煮やして藤原選手がペースを上げると、後続は誰も付かず、独走状態になり、 その後も後続との差は徐々に開きつつあった。
     私が待機していた最初の勝負ポイントと考えていた15km地点では、後続との差は10秒以上開いてい たが、その地点での足取りが少々重たかったので、このまま逃げ切れるかと心配したが、持ち前の粘り 強さと強い精神力で勝負所のアップダウンを難無くこなし、最後イスラエルの選手に追い込まれはしたも のの、何とか逃げ切り、大会最終日にして日本選手団初の金メダルを獲得した。


    5.おわりに
     今回の金メダルという結果は、代表選考会前から藤原選手本人が強く志願していたものであり、その 目標に対し、常に前向きな姿勢であった。その姿勢と行動は、指導者でもある私からも敬意を表すもの がある。こうした選手本人の目標に対する強い目的意識が、結果に結びつくものであると考えられる。
     藤原選手は学業も優秀で、自己管理能力にも優れ、練習計画についても殆ど自主的にやり遂げた。
     以上、藤原選手のユニバーシアードに向けての練習についての事例報告であるが、練習方法につい てはまだまだ改善の余地があり、今後も試行錯誤するところは多々あると思われる。現在の日本学生 レベルにおいては、ある程度のベースが出来た中、将来日本マラソン界でもトップクラスで活躍する選手 でもあると思うので、更に世界を目指す上でも残り1年余りの学生競技生活を本当の意味での日本代表 選手に向けての通過点として捉え、より高い目標を掲げ、充実した日々を送ってほしいと思っている。

    以上          

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