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期待の新入生インタビュー

部井久 アダム 勇樹 選手(法1)

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ハンドボールで世界に挑戦、目指すは2020東京五輪!

2018年(平成30年)6月26日


いま男子ハンドボールが熱い。2020東京五輪で、開催国として32年ぶりに出場する。そんな日本代表を目指す超新星が2018年に中央大学に入学した。史上初の高校生での代表デビューを果たした部井久アダム勇樹選手だ。現在、部井久選手は、勉学、大学ハンドボール部、欧州チームの選手という3足のわらじを履き、国境を超えて活躍しようとしている。インタビューを通して、弱冠19歳とは思えない謙虚さと、アスリートが持つあくなき向上心が見えた。

部井久 アダム 勇樹(べいぐ・あだむゆうき)選手

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<プロフィール>
部井久 アダム 勇樹(べいぐ・あだむゆうき)選手(法1)
略歴●1999年、福岡県生まれ。194cm、94kg。大学ハンドボール部に所属しながら、フランス1部リーグのセッソンでプレー。小5で福岡県タレント発掘事業に参加し7競技で最高ランクのS評価を獲得。中学でハンドボールを本格的に始め、U-16から年代別代表を経験、高3でフル代表入りを果たす。家族はパキスタン人の父と日本人の母、姉、妹の4人。

意識を高く持ち、上を目指す

――ハンドボール(以下、ハンド)を始めた時期と、その理由を教えてください。

部井久 本格的に始めたのは中学からです。将来のオリンピック選手を発掘し、育てる「福岡県タレント発掘事業」で、ハンドのコーチから「君はハンドで日本代表になれる」と言われたことがきっかけでした。
 うちはスポーツ中継をよく見る家で、テレビを見ながら、いつか自分も大きな舞台に立ちたいという気持ちを幼い頃から持っていました。それでタレント発掘事業に参加し、金メダリストの方の講演を聞いて、ますますその思いを強くしました。
 とにかくオリンピックに出たい。その可能性を第三者の方が言ってくれるのだから、そこに賭けてみようと思ったんです。

――中1にして、ハンドでオリンピック出場を意識されたなんてすごい。

部井久 意識はしていましたが、実は「絶対にハンドで行く」とは思っていませんでした。

――えぇ!? そうだったんですか?

部井久 1年目の時は、ルールを覚えるところから始まる、いわばすべてが手探りの状態です。
 だから当然なのですが、当時、思ったよりも上達しないなと思っていました。本当にオリンピックに行けるのか半信半疑でした。もしも中学3年間で、芽が出ないのであれば、競技を変えてもいいかもしれないという気持ちもありました。
 でも2年、3年とやっていく中で、だんだんとレベルが上がってきて、最後は、全国大会で3位にまでなりました。そこで優秀選手に選ばれ、最後はJOCジュニアオリンピックカップという大会で、最優秀選手に贈られる「オリンピック有望選手賞」をいただきました。

――徐々にハンド選手としての手応えを実感していったわけですね。

部井久 はい。中学3年生の時に、U-16の日本代表に選出されたことも、自信につながりました。そこで初めて日の丸をつけてみて、「ハンドボールでオリンピックに行くんだ」と決意が固まりました。

――U-16に選ばれた時はどんな気持ちでしたか?

画像部井久 まさか代表に選ばれるとは思っていませんでした。というのも中学の恩師の指導が「現状に満足しないで、貪欲に努力しなさい」という教えで、確かに結果は残せていたものの、自分はまだまだ実力不足と思っていたんです。
 その先生には意識を高く持つことを叩き込まれました。だからこそ常に上を目指そうという意志を持ち続けていられるのではないかと思います。
 本気でオリンピックを目指すということは、食事や健康管理など、すべてがオリンピックのための日常になります。学校行事にはほとんど参加できません。普通と違う生活をするのは、強い決意や高い意識がないと続けられません。恩師の教えに感謝しています。



――高校はハンドの名門校に進学をされたんですか?

部井久 実は違うんです。ハンドボール部が創設されたばかりの博多高校に行きました。昔、福岡はハンドボールが強い地域だったのですが、徐々にレベルが落ちていました。そこでもう一回、福岡を強くしようということで、県が博多高校にハンドボール部を作って、有力な1年生を集めていました。それで光栄なことに私もお誘いいただいたんです。
 ここでの経験は、今の自分にとって、とても大きかったと思っています。というのも、これから成長しようというチームで、自分がチームの全員を巻き込んで、チームを引っ張ることになりました。ゼロからチームができ上がる過程を体験できたのは財産です。

日本ハンド界の飛躍につなげたい

――卒業後の進路はどう考えていましたか? なぜ中央大学に決めたのでしょうか?

部井久 高校3年生の時点で、実業団や、大学からスカウトをいただいていました。でもその時は、海外に出てプレーしてみたいという気持ちが強く、大学進学は諦めかけていました。そんな時に、実方智監督から連絡をいただいて、「海外でプレーしながらでも大学に通うことはできますよ」と言われました。それで迷うことなく、中央大学への進学を決めました。

――年間でどれくらいの日数を海外に行くんですか?

部井久 基本は7月末から、シーズンの終わりである翌年の5月末です。その間にインカレの2週間くらい前に日本に帰って来て、大会に出て、それで海外に戻ります。フランスはクリスマス休暇が長いので、12月中旬くらいに日本に帰って来ます。だからといって休むのではなく、その期間は代表合宿に合流したいです。

――大学のチームに入ってみた感想は?

部井久 先輩方がこれまでしっかりとチームを作り上げてきたんだなと感じました。とても良い雰囲気のチームです。私たち新入生が、そこに良い影響を与えたいなと思っています。私の武器はシュート力です。国内では自分が一番あると思っています。3年前くらいにシュートの速度を測った時は115㎞くらいでした。世界トップで120㎞です。
 でもだからといって、自分だけの力で勝てるほどハンドは甘くない。チームスポーツですので、合わせることが何よりも力となります。先輩たちが作り上げてきたチームに貢献したい。60分という試合時間の間に、10分でも出場して、その10分でできる役割に徹する。自分がチームに良い流れを持ってくる。そういうプレーが求められているのではないかと考えています。

――最後に今後の目標を教えてください。

部井久 まずは体重を100㎏にすることです。今は94㎏なので、プラス6㎏です。6㎏は筋力を増やすということなので、当たり負けしないフィジカルの強さが出ると思います。そうして鍛えて、ゆくゆくは東京オリンピックに出場するのが目標です。
 ハンドはヨーロッパでは人気スポーツです。サッカーと同じくらい熱が高い。それと比べると日本での知名度は低い。もっとみんなに知ってほしいので、自分たちが勝って、メディアに取り上げられるなど、人の目に触れる機会を何とかして作りたい。結果を残して、それを日本ハンド界の飛躍につなげたいです。


中大ハンドボール部を応援しよう!
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全日本学生ハンドボール選手権大会
2018年11月10日(土)~14日(水)

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会場:大阪市中央体育館、大阪市住吉スポーツセンター、堺市金岡体育館、堺市原池体育館

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