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イキイキと活躍する学生・学員をご紹介 進取果敢

宮内 直孝 氏(昭56理)

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歴史と伝統は大切だが
時代に応じたイメージづくりも必要

2017年(平成29年)11月27日


宮内 直孝(みやうち・なおたか)氏

 日露戦争後に兵器の国産化を目的に設立された日本製鋼所。110年の歴史ある企業に59歳で社長に就任した宮内社長に、学員会・髙嶋民雄事務総長と瀨川徹副会長がインタビュー。現状の中大をどう見るかの問いに「我が社とよく似ている」と語る。それは、トップの分野を持ち長い歴史を持つがゆえに世間のイメージが固定化されているということ。「時代に応じた新しいイメージづくりも必要」と、自社の取り組みを踏まえつつ提言している。







<プロフィール>
 1958年(昭和33年)生まれ。1981年(昭和56年)、本学理工学部精密機械工学科卒。本年4月、日本製鋼所の社長に就任。同社は1907年(明治40年)に国策により外資を導入し設立され現在に至る産業機械、鉄鋼、エネルギー機器、防衛機器メーカー。東証1部上場。

大きな転換期を乗り越えた

――今回の社長就任は、大抜てきと聞いていますが。

 相談役となった前社長から次をやれと言われました。断りようがありません(笑)。入社して府中の工場に勤務し、次いで横浜、そして広島と工場勤務が続き、本社は2015年(平成27年)からですから、本社勤務も短いので、いまも勉強することばかりです。もともと当社は鉄鋼がメインの会社で、前社長もその分野です。私は長年、産業機械の部門をやってきました。
 110年の当社の歴史を振り返ると、いくつかの大きな転換期がありました。当社は、日露戦争後、兵器の国産化を目的に伊藤博文等の支援で設立されました。アームストロング砲の製造会社や戦艦三笠を造船したイギリスの会社が出資し、その技術を移入して室蘭に製鋼所を造り、広島の工場とともに大砲などの製造を行っていました。大砲は、大きな特殊鋼を鍛冶屋のように叩いてつくります。しかし敗戦で軍需は停止します。戦後、その技術をもとに特殊な鋳鍛鋼品の生産会社として再スタートします。発電用のタービンや原子力用部材、化学プラントでの鉄鋼製品や機械の製造です。とくに原子力の分野では、当社しかできない製品もあり、一時は「世界の8割のシェア」を謳い文句とするに至りました。
 ところが2011年(平成23年)の3・11で原発需要は世界的にストップします。当社においては6割あった素形材・エネルギー事業が2割程度にまで落ち込み、主力だった室蘭は赤字の状態が今も続いています。
 現在の当社は、8割は産業機械事業という会社になっています。自動車やスマホなど、国内外のさまざまな産業に機器やプラントを供給しています。そういう点から、産業機械をやってきた私が社長に指名されたのだと思います。

――中大出身は多い会社ですか?

 役員に、私以外複数人いますし、管理職、一般従業員にも多いと思います。たまたま、役員に中大卒が多いので、「中大閥」なんて冗談で言われますが、そういう会社ではありません。
 私の少し前の先輩たちは就職難で苦戦しましたが、私の年は改善して求人が増えました。ある日、募集の掲示板に「日本製鋼所」という会社の募集が張ってあり、よくわからなかったのですが、鉄や非鉄の仕事をしている父に相談したら、「いいんじゃないか」と言うので決めました。学校推薦で面接し、内定をもらったので他は受けていません。
 大学の専攻は精密機械工学科でした。もともとは物理が好きだったのですが、「それじゃ食えない」と思い機械系の学科を受験しました。いくつか受かりましたが、中大に決めました。親戚に卒業生がいたということ以外、特別な理由は思い出せません。大学では友達と自転車に乗って全国を回りました。朝から走って、夜はユースホステルに泊まるという旅は、いい思い出です。学校も楽しかった。私は島田公雄先生の研究室でしたが、研究室に通うのが面白くて仕方なかった。先生には仲人もお願いしましたし、社長就任にあたってはわざわざお電話もいただきました。
 当社は中大出身は多いのですが、理工学部卒は少ない。これは中大に限らず、首都圏の私大理系の学生がなかなか集まらない。もっと来てもらうためにはどうすべきかを人事と考えているところです。


――母校・中央大学についてどうお考えですか。

 今回の取材の話があってふと思ったのですが、中大は我が社とよく似ているな、と。
 当社の場合、世間のイメージはいまだに原子力容器の会社。以前から、産業機械の分野でいろいろ新しいことをしても、投資家の関心はもっぱら原発のことばかり。3・11以降、原子力関連が落ち込んで完全に産業機械が主力になっています。でも、決算説明で質問されるのは「原発はどうなるのか」。これではまずいな、と考えています。
 中大も、昔から司法試験や公認会計士試験のことばかり取り上げられています。理工学部や他学部でいろいろやっていても、なかなか注目されません。当社の原発関連と違い、中大の資格試験は今も上位でがんばっているようですから、そうであるうちに、他の分野のことももっとPRし、新しいイメージを創っていかなければならないと思います。
 私は中大の質実剛健の気風は好きですし、伝統は大切にすべきだと思います。でも、そのうえで時代に合わせた新しいイメージづくりも大事だと思います。そうしないと、学生は集まりません。
 当社が世間のイメージを変えなければいけないと考えるのは、求人のこともあります。今の学生は、大学でそれほど勉強していない子も多いですから、技術系でも入社してすぐ使えるわけではありません。でも、ある程度資質のある若者なら、鍛えればモノになる。資質のある学生を採るには、まずは大勢に志望してもらい、そこから選ぶようにしなければなりません。そのためにもイメージが大事です。浮ついたイメージだけでどうする、という批判もあるでしょうし、私も半分はそう考えます。でも、イメージを大事にしないと人は集まりません。これは企業も大学も同じですね。
 機関投資家の方に言われたのですが「日本製鋼所はワクワク感がない」と。事業を聞いても「これに賭けてみたいね」とか、「こんなすごかったら、もうちょっとやってみるべきだよね」というワクワク感がないと言うのです。こういう声は、無視することはできません。歴史があって実績があっても、世間のイメージが固まってしまって興味を持たれなくなってはだめなんですね。
 もちろんイメージを変えていくには容易ではありません。当社も、会社案内やホームページを変えていこうとしていますが、以前から付き合いのある広告代理店さんが最初に持ってくるデザイン案は「赤く焼けた鉄の前に立つヘルメット姿の作業員」。これが伝統と実績がある当社のイメージなのですが、これはもうやめましょうと言っています。このイメージを降ろすことに一番抵抗するのは、もしかしたらOBかもしれない。でも、事業を時代に応じて変革し、同時に世の中のイメージも変えていかなければ企業は勝ち残れない。中大も同じじゃないかな、と思ったわけです。


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