「鈴木敏文 イトーヨーカ堂社長講演会」

中央大学経済学部 創立100周年記念事業委員会協賛 経済記念講演

デフレ経済下における企業経営
- イトーヨーカ堂グループにおける経営戦略 -

講師 鈴木敏文氏
(株)イトーヨーカ堂代表取締役社長
(株)セブン-イレブン・ジャパン代表取締役会長
本学理事、南甲倶楽部会長、学員経済学会会長

今日の演題は「デフレ経済下における企業経営」ということですが、実は私は十年以上前から『日本経済は厳しくなる』と言い続けてまいりました。

「経団連」という団体を皆さんご存知ですか。企業経営者いわゆる財界人の集まりですが、現在、会長はトヨタの奥田さん、今年の五月までは新日鉄の今井さんが会長を務められておりました。私は六年前に経団連の副会長に就任した時から「これから日本経済は相当厳しくなるよ」と言ってきました。

経団連は毎年五月に総会がありまして、その後に会長と十名の副会長がひな壇に並び、マスコミの皆さんから一人一人「日本の経済はどうなるか」と質問を受ける場があります。私は平成九年当時、最年少で副会長初就任だということで右端に着席していました。当時会長はトヨタ自動車の豊田さんでしたが、会長が「何方から発言してもらいますか」と言ったら日経新聞の記者より「一番右端の鈴木さんから」と指名を受けました。

私は『日本経済はこれから相当厳しくなる。安易な考え方では対処できなくなると思います。』と言う旨の発言をしました。ところが私の隣の方からの発言は判で押したように今年の後半からは良くなると言う発言ばかりでした。その発言の背景には、「経済界のトップとして暗い発言をしてはいけない」という考えや『本当に良くなる』という考えの方もいらしたと思います。いずれにしろ私を除いては『景気は良くなる』という方ばかりで、大変悩んだ経験があります。

そんな訳で、私は経済界の中で先が暗い暗いと言う第一人者という定評をもらってきましたが、昨年の夏頃から「そろそろ経済は底を打ちましたよ」と言い始めました。そうしますとマスコミの皆さんは「だんだん悪くなってきているのにどういう訳か」と質問を寄せられます。それに対し私は「実際に経済動向を見ていて、ここの所、底を打ったと思うから言っている」と答えていますが、マスコミの皆さんの理解は得られません。往々にしてマスコミは大勢の流れを伝えているだけで、真実を伝えているとは限りません。

景気の動向もマスコミの影響を受けていることが多いのです。何故このような話をするかというと、マスコミは「ここに来て(個人の)収入が減ったから支出も減った」とまことしやかに報道していますが、実際は違います。

(OHPでの説明)ここに、コンビニ・百貨店・スーパー売り上げ大手四社の「坪当たり」の売り上げのグラフがあります。九十一年の売り上げを基点に百としますと、スーパーの売り上げは、この十年間で九十一年比で四十五%まで連続して下がっております。百貨店も同様です。何もこの一、二年間で消費が急激に下がったのではないのです。

要するにこれは構造的なことなのです。デパートの売り上げは最初、スーパーより売り上げの落ち方が大きかったのですが、ここにきて、スーパーより落ち方が少なくなっています。一番上はディスカウント販売とは対極にあるコンビニで落ち方が最も少ないのです。ここにきて、大きく支出が下がっているのならデパートの方が大きく下がるはずですが、実際はスーパーの方が大きく下がっています。

皆さんはデフレだから安いものが売れる、ディスカウントストアの方が売れると勘違いしています。失業率が増え、収入が減ったので、家計支出が減り、従って買い物をしなくなったと言われています。理屈としてはこの方が説得力があります。ですが、この実態を見たら、違うわけです。

何故このように実態と世の論調が齟齬を来しているのかというと、右肩上がりの時代は過去の統計分析が役立っていましたが、現在は右肩下がりであり今の実態を捉えた統計が少ないからです。今の時代は世界の先進国の中でも日本の消費の実態というものはアメリカ型でもなく、ヨーロッパ型でもなく「日本独自の新しい消費パターン」を作っています。また同じデフレでも「昭和の初期の、農家でさえも明日食べるものがないという時代」のデフレ論理をかざし、対処論を語っても何の役にも立ちません。新聞、雑誌の記事は過去の時代の論理で書いているケースが多く見られます。

手前みそになりますが、私は流通業界の中でデータに基づいて実態を掌握している数少ない経営者の一人と自負しています。何故なら私どもIYグループは本格的なPOS(販売時点情報管理)システムを最初に導入し、世界の小売業の中で最先端のシステムを持っているのです。こういったデータを活用し実際のビジネスをやってきたので、独自の見解を持つことができるのです。

したがって私は経済界の種々の会合でトップの方々から『最近の経済状況をどう見ているか』と言うことをよく聞かれます。それはグループ全体を合わせると一日に一千万人を超える来店客があり、私がそこから得る独自のデータを持っているから、皆さんが耳を傾けてくれるのだと思います。

今の日本の経済実態は世界のどこにも例の無い、どこも経験したことが無い、初めてのものなのです。先進国の中で日本ほど平均的消費水準が高い国はありません。貧富の差は米国の方がはるかに大きいのですが、日本はミドル集中型です。従って消費のパターンは日本と米国と全く違います。

話は変わりますが、流通の外資、最近ではカルフールが入って来ました。また、西友さんと提携して世界一のウォルマートが入ってきます。私は、ウォルマートの創業者以来、二代目、三代目、四代目のCEO(最高経営責任者)と親交があり、会社の実態を良く知っております。同社は大変立派な会社ですが、「ウォルマートが日本に進出するからと言って、どうして右往左往しなければならないのか」というのが私の持論です。

ウォルマートは米国、メキシコ、カナダといったアメリカ大陸では成功していますがドイツ、韓国では伸び悩んでいます。「消費というもの」はその国「独特なもの」です。「ドメスティックなもの」なのだということを言いたいのです。「米国で流行ったから日本でも同じものが売れる」という考えは、大きな間違いです。

日本で清涼飲料水の新商品が一年間で八百種類も発売されています。これほど新商品が多い国は日本だけです。たとえば、コカコーラは世界一の清涼飲料会社ですが、その中にあって日本コカコーラはお茶やコーヒーなどの様々な清涼飲料水を発売していて、最初、他国のコカコーラからは、「コーラを売るのが本筋だ」と異端児扱いされてきました。それが今や世界のコカコーラ各社のモデル会社になっています。

新しい商品をどんどん加えていくことにより成績が上がったからです。米国コカコーラは一昨年まで年間三アイテム程度の新商品しか出していませんでした。昨年、さすがに今のままでは、米国でも消費ニーズに応えられないということで、四十アイテムの商品を出したのですが、売り場に全然入って来ないのです。

それは流通システムが旧態依然としているからです。セブン-イレブンは世界で二万四千店舗展開していますので、コカコーラの取り扱いが大変多い関係で米国コカコーラのCEOの訪問を毎年受け、「流通のあり方」を良く話し合っています。

米国はサプライチェーンマネージメント方式でメーカーが小売店に「商品を送り込む」という形式です。日本も昔はそうでした。物が不足していた時代は売り切れたらそれを補充するという考え方で良かったのですが、現在は商品のライフサイクルが短く、新しい商品でないと売れないという時代に変化しており、「送り込む」という考え方では消費ニーズに対応できません。売り場の大きさは一定とすれば陳列ができなくなります。昔はコカコーラのルートセールス車が走って商品を送り込んでいましたが、セブン-イレブンでは店から注文して、自分達で配送するシステムを採っています。そうしないと顧客のニーズにきめ細かく応えられないのです。

我々はデマンドサイド、消費の側に立って商品をどう仕入れていくかというやり方をとっています。私は、「米国は何でも最先端を行き、日本が遅れている」と言っているわけでもなく、勿論、逆に「日本が最先端を行っている」と言っているのでもないのです。

申し上げたいことは「消費というものは全部ドメスティックなものなのだ」という基本的なことを理解しないで、何も語れないということです。日本で商売を進める上で重要なのは「日本のお客様、自分の店の周りのお客様のニーズにどれだけ応えられるか」であり、それに応えられたところが唯一の勝者であるということです。

「デフレ」という問題が立ちはだかっています。先程の資料でここ数年スーパーの方がデパートより落ち込みが大きいということをご覧頂きました。これは何を意味するかと言えば、経済が上り調子の時の安くすれば売れるという過去の成功体験の罠です。売れなければ安くする。スーパーのDNAは『安くすること』でした。過去全部そうだったのです。九十一年から九十四年はデパートの落ち込みが大きかったのです。当時は安さがモノをいっていた時代でした。

九十六年を境に単純なディスカウントの時代は終わりを告げているのです。これが現状なのです。ところが今でも、安くすれば売れると皆錯覚に陥っているのです。今日は女性が大勢いらっしゃるので、ブラウスを事例に取ります。現在、OLの平均購入価格は六千円から八千円です。ところがイトーヨーカドーでの品揃えは二千円から三千円です。これでは売れません。バイヤーですら、今は不況だから安くした方が売れると錯覚に陥っているのです。たとえばブラウスを十枚持っているとすれば、二、三枚は安いのを持っているでしょうが、十枚全部安いのを買っているわけではないのです。これが実態なのです。

もう一つ、セブン‐イレブンの「おにぎり」の事例を話します。一昨年の十一月から十二月にかけて、百二十円、百三十円の商品を一気に全て百円で販売しました。六ヶ月間は数量的に二割位増えて売れたのですが、その後値下げ前の販売量まで割り込んできました。その時の話ですが、新商品の価格付けで紆余曲折したことがあります。現場の開発担当者は安い方が売れると九十円の価格設定を提案しましたが、私は百二十円での販売を主張し、結果百十円の新商品を販売したところ、大変な勢いで売れました。何故か。

今は直ぐに飽きる時代だと言うことです。どんなに美味しい商品でも、いや美味しいものであればあるほど飽きが早いのです。一番飽きないのはお茶漬けです。次に味噌汁。ご飯。お新香。例えば、おせち料理、正月の三日、四日には嫌になるでしょ。これが心理なのです。高いから売れない、安いから売れるのではないのです。いかに新しい商品を提供し続けるかが重要です。いままでにない美味しさを実現すれば、百六十円、百七十円のおにぎりでも売れるのです。今のデフレの時代には「お金がないから安くしないと売れない」という理屈は通用しないのです。消費者の心理にまで踏み込んだ視点に立つことが、現在における経済学の役目だと思います。デフレに対するものの考え方です。これは過去の経済理論から導くことはできません。

今の不況も、モノ不足の経済であれば割と簡単に克服できるのではないのでしょうか。モノ余りの時代だからこういうデフレが続いているのです。不況だからデフレになっているのではないのです。スーパーがものを安く売れば売るほど成績は落ちるのです。例えばここに百円のタオルがあります。このタオルを何枚か持っている方は五十円にするからといっても買わないでしょう。モノが不足の時代には九十五円でもみんなが飛びついたわけです。

昔は冬物の売り出しは三月が恒例でした。安いときに買っておいて、翌年着るというのがバーゲンの使われ方でした。今は十二月にバーゲンです。これはモノ余りの典型事象です。

今、モノが売れないのは不況だから売れないというのではなく、モノが充足していることと、もう一つ『将来に対する不安』があるからなのです。不安は現在の生活レベルを下げたくないときに生じます。苦境のどん底、明日食べるものがない時に、十年先のことは考えられません。恐怖感も同じです。安全が確保されているから恐怖感が起こるのであって、恐怖の真っ最中だったら、どうやって逃げ出すしか考えません。これは心理的なものです。心理を無視した経済はありえないということです。

国の政策面ではモノ余りの時代に生きる世界最高水準の生活レベルを実現した国民に対して、将来に対する不安感を与え続けていることが問題なのです。何で不安感が出ているかというと、誰でも、金融システムの問題、不良債権の問題を言います。これらの問題が片づかないとデフレ期待が蔓延し、新しい投資は発生せず、経済は元に戻らないのです。

多くの政治家は「もっと公共投資をやれ、需要拡大策をとれ」と言いますが、GDPの構造は、大衆の消費構成が大きく消費が増えないGDPの拡大はあり得ません。そうすると問題は不良債権問題の解決に絞られてきます。もっと思い切って公的資金を注入してでも不良債権を片付けるべきだと思います。このことを第一優先に片付けないとデフレから脱却できないと思います。そして皆が先行きの生活設計が出来、思い切ってモノを買えるような時代に入って行かなければならないと思います。

今のデフレは構造的なものと捉えなければなりません。需要が減ったからではないのです。構造的なものを解決できないから収入が減っていると見るべきです。収入が減ればサイフのヒモは締まります。だから何とかして経済を活性化しなくてはならない。その為には公共投資や財政支出をしないと良くならないと多くの人が言っていますが、これまで申し上げてきたように実態は違います。日本は十年間思い切った公共投資をやり続けた訳ですが、結果はどうでしょう。政治家は更にまたやろうとしています。私は小泉さんが勇気を持って、構造改革と言っているのは、過去の総理にはない決断だと思います。

ここで消費支出が一寸減ったとか、失業率が一寸増えたとかで経済がおかしくなったと言うのはおかしいと思います。今ここで所得税を減税しても多くは貯蓄に回るだけです。今三十代、四十代の貯蓄率は上がっています。下がっているのは二十代や五十代以降です。日本はある意味の豊かさを持っているのでそれが消費には直結しません。今の豊かな時代のデフレと、過去のモノが無い時代のデフレとは全く意味が違うと言うことを前提として考えないとデフレを脱却できません。その為には構造改革だということです。いま、モノの供給が多すぎるのです。

それではこの時代に『企業経営をどう考えたらよいか』という話になります。IYグループ各社に言い続けていることは『お客様が欲しいと思われるモノをきちんと開発しているかどうか』ということです。先程「おにぎり」や「ブラウス」の例を出しました。ブラウスも安いものだけでは駄目で、中高級品も品揃えが必要です。また安いものには接客はいりませんが、中高級品には接客が必要です。そうすると接客技術もきっちりと整えることが必要になってきます。

更に経営的な面では、坪効率の問題です。イトーヨーカドーの場合、既存店の坪効率が少し上向いてきました。既存店の効率を上げなければ店数を増やしても意味がありません。水脹れは危険です。一店舗一店舗の効率を高められなければ店数を増やす意味はないのです。

セブン-イレブンの売り上げは落ちていませんので、年間一千店出店しろと言ってます。これは基本的にある程度の質を伴っているからです。デフレの時代の経営のあり方とは筋肉質な体力を作り上げて、その上で初めて量を追えるかどうかということです。グループにデニーズというレストランを五百五十店展開して、無借金経営していますが、体質が更に強くならない限り、出店を強化する方針は出しません。これが今の時代の経営のあり方だと思うわけです。

もう一つ重要なことがあります。右肩上がりの時代は誰がやっても結果として成績はついて来ました。今の時代は経営者の意志が組織の上から下まで全部通っていないと駄目です。過去の日本の経営は「おみこし型の経営」で良かったのですが、今の経営は「トップダウン」でなければ変化に対応出来ません。要するに筋が通っていること、そして上から下まで同じ考え方でベクトルを合わせられることが必要です。そういう意味では成績が上がらなければ誰の責任かと言えば私にあります。私は売上高五兆五千億円のIYグループ代表を務めていますが、最終責任があるのは当然私です。責任はトップにあるのです。それにはトップが自分の経営方針を貫ける組織になっていなければなりません。上から下まで全部、筋が通った経営をするかどうかということです。

新しい時代の勝者になるためには過去を捨てるということが必要です。人間というのはどうしても過去の成功体験でモノを考えようとするからです。経済学でも過去の理論では実態経済に対しては通用しません。だから勉強するなと言っているのではありません。しかし、過去の理論では激しく変化している現在の経済の舵取りは出来ないのです。

セブン-イレブンの売り場面積は三十坪です。九千四百店舗展開していますが、一店舗一店舗全部マーケットは違うんだと言い続けています。例えば、ここの近くに多摩ニュータウンがあります。そこにある店舗と中央大学のそばにある店舗とは商品構成が違います。お客様が違うからです。セブン-イレブンだから全部同じ商品が並んでいる訳ではないのです。年齢層や生活スタイルに合わせた商品構成にする必要があります。例えばおそばのタレですが全国五ヶ所に分け、季節に合わせ全部味を変えています。関西風味、東京風味、季節毎の味の美味しさを追求しています。きめ細かに消費者ニーズに応えることが今の時代のマーケティングですし、経営です。チェーンストアだからと言って全部一律では今の時代は通用しません。

最後に物流機能は日本が遅れていると言われていますが、これは全くの誤解です。何故かといいますと、米国のセブン-イレブンが十年前に七千店舗抱えて倒産した時に我々が資本参加して再建に着手しましたが、そのときにまず、最初に手掛けたことは物流センターの閉鎖です。何故か。安くするために大量に購入して備蓄することを前提とする仕組みですから、消費者ニーズとは乖離し、不良在庫が山となっていたからです。本来、物流センターはメーカーやチェーン本部が商品を一箇所に集めて効率配送する扱いやすい機能を最優先すべきなのです。

今、お客様が求めるものは味が良い、鮮度が良い商品ということであれば、多少物流コストが高くなってもお客様は理解してくれます。大きな物流センターは今では時代錯誤なのです。

以上時間切れですのでここで終了させていただきます。ありがとうございました。

・・了・・

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